ここにいていい

ずっと生きづらかったわたしが、ゴキゲンなただのオンナに戻っていく日記

悲劇好きな自分。

単なる好みの問題なのか今までのクセなのかわからないけど、どーもわたしは「悲劇」に惹かれてるみたいだ。アドセンスに出てくる漫画、やたら超辛い生い立ち物語とかひどい母親物語みたいなやつがチラチラ気になっちゃう。で、1話無料!とか書いてあってまんまと引っかかる。無料のとこまで読んで、気づく。「あ、今わたし悲劇に惹かれてるなー」って。何かに追い立てられるように、一回に何千円もそういうネット漫画に課金したりしてたなー。笑

 

別にそういうの読むのが悪いわけじゃないし、もちろん悲劇を書いたもので映画や本や漫画や音楽で素晴らしい作品はある。悲劇=悪だ!って必要ない善悪の判断したり、何の疑いもなく自分の心で何も感じることなく一辺倒に鵜呑みにして、視界狭まって感度鈍って「そうやってれば大丈夫☆」ってふわふわしてるのは違う気がする。

 

何をもって素晴らしい作品と言えるかなんて人それぞれの感性だから、もうそこをつっこむと果てしなくなっちゃうけど、いわゆる何も起こらず終わる平坦な(ように見える)作品よりわかりやすいぶんパワーが強くて、ダイレクトにタマシイにぐわっと訴えかけてくるんだろうなー。なんだろ、タイタニックとか?

 

それを作品を味わうってのでシンプルに終われば良いんだろうけどね。わたしはそれを本や映画の世界でなく、自分の人生でやってたんだな。それでタマシイ震わせてスッキリしてカタルシス感じてた。そっちを選んでも良いのかもしれないけど、それって今まで充分すぎるほどやってきたから。今のわたしはまだ見たことのない、体感したことのない、喜びでタマシイ震えるってのを自分に見せてあげたい。

 

普段の生活の些細な事から喜びを見つける練習は、わたしにとって、そっち方向に向かう良いステップになるんじゃないかなーと思った。やっぱり繰り返し作業したり体に叩き込むと、染み込みやすい、自分にそれが当たり前になっていきやすいのかなーと。

 

でもそういうのってきっと瞬間的なもので、後で思い出そうとしてもちょっと何か違う気がする。あー浜崎あゆみ状態だ。あゆだ。でも今は幸運なことに2017年だから、わたしは気づいたらtwitter作戦で。「TO BE」のリリース時にはtwitterなかったからね。そりゃ、「取り戻したところできっと微妙にちがっているはずで~」ってあゆも歌うよね。あれリリースいつだったっけ。'98年とか?

 

で、調子悪いときわたしたまに勘違いしそうになるんだけど、悲劇じゃなく喜びでタマシイ震わせるってのは、落ち込むことが一切ない平和な世界☆とかイライラするなんてありえない☆毎日ゴキゲン☆ゆるふわ☆毎日がHAPPYなエブリデイ☆なんてことではないんだぜ、と。

わたしがゴキゲンでいたいってのはあくまで自分で自分の機嫌をとる、自分の感情に責任を持つ、自分で自分を楽しませてあげるってこと。不機嫌ばらまきまくり八つ当たりしまくりの自分に嫌気がさしてたから、ほぼ日手帳に書いてあった「ゴキゲン」ってキーワードにすごい胸打たれたんだけど、ややもするとふわスピになりかねないからな。そこ忘れちゃだめだよ!ちょっと調子悪いと暴走しがちだから。

 

ていうか調子悪いときってか、やっぱ女性ホルモンには潔くひれ伏して、もう無理です敵わないっすって負けを認めた方がラクなんかな、って思って。先月のfacebook事件(笑)もそうだし、今回もダンナの帰りが遅いだけでそわそわそわそわ…。あれ、家に帰りたくない症候群かなーって。あほか笑。遅くまで仕事頑張ってるんじゃ!で、それってもれなく生理前。だからね、モヤッとしたときが生理前だったら、とりあえず手帳見ろや!アレコレこねくり回す前に豆乳でも飲んでモラセス舐めとけ!話はそれからだ。 いったん深呼吸してから、自分で悩み作り出して「捕ったどー!」ってやってないか、Check it out!

 

さあ明日は電話セッションだ。話したいこといっぱい。すんげー弱くてブレブレだな、わたし。ちょっと棚卸ししておこう。で、サッサと寝よう。目が疲れた。

 

以上!