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好き勝手やる。でも本気だよ^^

自分を責め続けてきたわたしが、ただのゴキゲンなオンナに戻ってゆく完全自己満日記

眠れる乙女。やっぱりどこまでも自分。

「はかたのしお」は海外産!どうも、めんたい子です!

わたしの中の眠れる乙女が泣きわめく!

 

 

先日、些細なキッカケで夫とケンカになった。ケンカというよりは、わたしが一方的に怒ってただけなのだけど。

今まではそういう時「感情的になっちゃいけない」と思って、冷静に理論的に話そうとしていた。元々わたしはめちゃくちゃ感情的なのだけど、話し合いは冷静にやらなきゃダメだよね、とか、できるだけ愚痴っぽくならないようフラットに伝えよう、とか強制しようとしていた。

でも前に、わたしの理屈っぽいところが嫌だと夫がチラッと言っていたのを思い出した。じゃあ試しに、と何も考えずに感情にまかせて話してみた。すると、そんなの関係ねぇ状態になってしまい、次から次へと感情が溢れてくる。それをそのまま全部吐き出した。

 

それでまぁケンカは無事終わって仲直りできたんだけど、どういうわけか言葉がとまんなくて、どういう流れでそうなったのかわかんないけど最終的にわたしの口から出てきた言葉は

「わたしのことを、もっと女性として扱ってほしい」

ということだった。

 

そんで話は終わってわたしは先に布団に入ったんだけど、話の内容を反芻してたら、フワッと気づいた。違う!本当にわたしを女性扱いしてほしかったのはダンナにじゃない、わたし自身にだ!わたしがもっとわたしのこと、女性として扱えよーってことじゃん!

自然と涙が流れた。でも自分を責めてるんじゃなくて、気づけて嬉しくて、あったかい気持ちになったというか。あー、喜びでタマシイ震えるってこういうことなのかなーって、全然わからなかった想像もつかなかった気持ちがちょっとわかった気がした。それは、暴走しつつも間違えながらも、逃げずにちゃんと自分と向き合ってきたごほうびなのかもしれない。

 

きっと世界?なのか神的自分?なのかが夫というフィルターを通してサインを送ってくれたんだと思う。気づけて良かった。でもコレ完全に、周りに求めちゃってたんだなー。ダンナにぶつける前に、自分をじっくり見つめてあげればよかったんかな、と今になって思うけど、言葉にして誰かに聞いてもらわないと自分だけで気づけなかったかもしれないしね。これからはもっと丁寧に、自分のこと見てあげたい。

それを気づかせてくれた、話を聞いてくれた夫に感謝。今日はいつもより優しくしよう。そんで、きっと本当に「女性扱い」してほしかったのは自分自身になんだ、と思った、ってちゃんと話そう。

 

 

わたしの今までの対人の傾向として、自虐ネタで笑いをとりにいく癖があった。それで本当に笑いとれてたのかはわかんないけど。傷つくこと言われる前に、自分で自分を貶める。人から言われるより自分から言っちゃったほうがマシだから。それに、話題や笑いをつくるのに自虐ネタというのはすごくラクなのだ。誰も傷つかずに(←自分が傷ついてるのに!!!)笑いが生まれるし…と。それはサボリなのだ。安直なのだ。自分のことを直視せず開示しようともせず、相手に興味も持たず、ラクしようとしていたのだ。

 

わたしは人の容姿を弄って笑いを取ろうとする人が大っ嫌いだ。そこにお金が発生してるプロの芸人さんはもちろん違う、一般人の話だ。そういう芸風をTVで流して、それが子供たちの人間関係に影響を与えてるのかとかはわかんないけど、とにかくリアルに関わる人の話ね。まずそういうコミュニケーションの仕方しかできないのがすごく子供っぽいし、弄って何が楽しいのか本気でわからない。冗談なのはわかる。でも冗談だってわかっても不愉快。

子供の頃容姿のことを母親にからかわれて泣いてしまうと、「ったく冗談も言えやしない!」と怒られた。だから何を言われても笑いで返さないといけないと信じてた。そう信じること、その価値観を疑わずにずっと来たのは、他でもないわたしが決めたことだ。んで、そう思ってるうちになんとなく乙女な自分は封印して、女子ぽい雰囲気がこそばゆくて、自分にはそんなもん似合わん!と感じてた。乙女な自分を解放してたら、からかわれて恥ずかしくて泣いちゃうからね。

 

わたしは人を弄ることはしないけど自虐はする。でも自虐っていうのは自分を弄るってことでしょ?つまりわたしも、面白くもない、むしろ不愉快な話を延々垂れ流してたことになる。

思い返すと薄々気づくチャンスはあったはず。あれ?って一瞬思ったのは10年くらい前の合コンの時。友達はいつもこんなんで笑ってくれるのに、初対面の男性陣がわたしの自虐ネタで笑ってくれないぞ…?あれ?みたいな。でもその時はそこをスルーしちゃったんですよね。ただ、初対面の女子が自虐ネタばっかり言ってたら絡みづらいよねそりゃ。

 

あーでも、人を弄るの嫌いって、たんに好みの違いなだけなのかなー。わたしは、からかわれるよりは「本当に痩せた方が良いよ!」ってマジで言ってくれるほうが嬉しいし本気になるんだけど人によっては冗談ぽくライトに言われたほうが合うわーってことなのかも、ただ単純にそれだけなのかも。

ていうか、たんに好みの違いで全然良くて、書いてて初めて「他人を弄るなんて許せないムキーッ」みたいな、「自分が正しい」みたいな思考になってたなーと気づく。あくまでも「わたしは」嫌です。以上!で良いのにねぇ。

こういうことがあるから、書いてるうちに気づくことがあるから、やっぱりアウトプットって大事だなぁ、ブログ良いなぁって思う。それが暴走してても恥ずかしくても間違ってても。あの時のわたしはこう思ってたんだなぁという記録にもなるし。

 

前置きが長くなったけど、とにかくそんな感じで自虐傾向があって、それは結婚しても変わらなくて、自虐で笑いとろうとしてた。ダンナが帰ってくると半ケツで出迎えたり、タモリ倶楽部が始まるとケツ出して踊ったり、タモリ倶楽部が始まってなくてもケツ出して踊ったり。困ったらケツ出せば笑いとれると思ってた。←安直 そしてそういう風におどけてみせるのが楽しかったし、明るい家庭の空気を作ることにも繋がると思ってた。

…いや、まあね?楽しいんだけどね?

でもそういう自分の行動1つ1つが、他でもない自分自身が、女性として見てもらえる要素を排除しちゃってたんじゃないかなーと。だから、ダンナがどうこうとか周りに求めるとか、周りからどう扱われるかじゃなくて、どこまでも自分なんだなと。自分が自分を女性扱いしてあげたいなーと、そう思ったんです。

 

でもほんとコレ、基本的なとこですよね。周りに求めるって。ちょっと仕事のことで行き詰っててモヤモヤしてたんですが、そういう時とかたぶん生理前とか、すぐ戻っちゃうなーと。今回のことでまた一歩進んだとおもいますけどね!

 

でも小さい頃を思い返すと、わたしはケツ出すよりは乙女傾向のほうが強かったかも?

わたしが通ってた小学校には制服があって、当然、入学式は制服で出席する。当時のわたしは入学式ではフリフリの可愛い服を着るもんだと思ってたから、入学式にフリフリが着れなくてそれはそれはショックだった。2年くらい、それを思い出してはうじうじ言ってた気がする。

何それ…女子力超高いじゃん…!

うじうじすんのははアレだけど、ココ一番の晴れ舞台に可愛いお洋服が着たい♡って、スーパー乙女やん自分!今までそんな乙女な自分無視しまくってケツ出しまくって何してたの?

 

乙女な自分を抑えつけてたから乙女な自分が爆発してこんなことになったんかなー、と、そう思いました♡

これからはケツは封印して他の方法で家庭の雰囲気を明るくして、恥ずかしがることなく自分を全力で乙女扱いしてあげることに決めました♡とりあえず、いくら剝がれてもめげずにマニキュア塗りますね♡あと明日は可愛いピアスつけちゃいます!自作のやつ!

 

おしまい!

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