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ここにいていい

ずっと生きづらかったわたしが、ゴキゲンなただのオンナに戻っていく日記

自分から逃げたかった。ノートの記録。

こんにちは!めんたい子です。前記事からの続きです。

 

前記事と少し重複しますが、やはり3月の時点ではわたしは「ただのオンナ」という土俵で闘っていました。自分のモヤモヤをノートに書くようにしていましたが、それも今振り返ると自分を知るためじゃなく「自分はちゃんとやってる!」っていう実感を得たくて、形式的に書いていたような気がします。手段と目的が逆になっていました。

 

だって、なんでそもそも真穂さんのブログに魅かれたのか?継続コースに参加したのか?って、ものすごくおおまかに言うとHAPPYでいたいっていう理由です。HAPPYでいたい→そのためには自分を知る必要がある→だから自分を知るためにノートに書く のです。なのに、ノートを書くこと自体が目的になっていました。

 

だからといって、それが無駄な時間だったー!て後悔しているわけではなくて、きっと必要な過程だったのだと思います。

 

そして自分を煽ってると指摘を受けた後はがむしゃらにノートに向き合ってたのですが、振り返って読んでみて出てきた複数回登場するワードの中のひとつが「もうやだ。逃げたい。自分と向き合うとかわかんない。何が正しいかわかんない。」という類のものでした。

 

これを見返したとき、何より最初に見るのはここだ、と思いました。自分を大切にする、とか自分で自分を幸せにする生き方をする、と腹を決めたつもりでいましたが、どこかでまだ自分の人生に責任を持ちたくない、誰かに預けたい、正解を外に求めたい、逃げたい、そんな気持ちがあったのです。これだ!ここをひたすら直視しよう、そう感じました。

 

わたしは事実、自分から目を逸らしてた。コツコツ自分と向き合うってことを、事実やってなかった。さぼってた。それを自覚したくなかった。そのさぼってた期間を埋めるために、形式的にノートを書いて自分を鼓舞してた。「わたしはちゃんとやってる!」って思いたかった。できてない自分を認めたくなかった。

 

この期に及んでわたしは、自分をごまかしてた。

 

この事実がとても痛くてつらかったです。でも、ここを見ないことにはたぶん何も始まらない。とグッと強く思ったところでした。そして初めて、(もうやだわかんない、これが正解かわかんない、とか弱音吐きながらも)自分と向き合っていく感覚を、ノートというツールを使ってなんとなく体感したのがこの時でした。

 

痛いつらいと思いながらも、自分をごまかしてた事実をただひたすら見ていると、

あーーーーーーちっぽけだなあ。ちっぽけな自分。小さい。小さくて浅ましくて1人じゃ気づけなくて、自分をごまかして大きく見せようとしてる、かっこ悪いただのオンナだなーーーーーー。いくらもうやだ逃げたいっていっても、事実、生きてる限りこのちっぽけな自分からは逃げられないんだよな。

という気持ちが出てきました。

 

なんかこうして文字だけ見ると自分を卑下してるみたいなんですが、決してそうではないんです。スマートな自分を諦めて、ほんとに大したことない自分をやっと認められた。汚い部分がいっぱいある自分を認められたかんじなんです。自己卑下とどう違うのか、言葉でうまく伝えられなくてもどかしいのですが、これがまさに体感というか、やってみないとわからないところなのかもしれません。

 

ここを経て、「わたしは自分から目を逸らしがちということを自覚して取り組め!」という自分への厳しい言葉と(これも自分を責めてるわけじゃないのですが、なんとなく違いが伝わるだろうか…)「自分の人生に夢中になりたい!」という気持ちが出てきて、ちょっと「ひとつ抜けた」感じになった、ちょっとラクになったのです。

 

外側の何かが解決したわけではまったくないのですが、逃げたかった自分ちっぽけな自分をただ認めただけなのですが、ずっとただこれができなかったのです。ただ自分を直視するだけで良いというのはこういうことだったのかなぁと思います。

 

続きます。